「いかにデタラメに、いかに間違った使用法にカラダを使うか」をダンスの要諦とすること。どんなふうにカラダを動かすとカラダが笑う=弾けるかを、自分勝手にどんどん試していくこと。カラダの普通の使用法、例えば「歩行」は、最短で目的地へ到達するために、規則正しく左右の足を交互に前に出していく。これが「ダンス」と違うのは「楽しくない」という点で、歩行を楽しもうと思ったら、まっすぐに歩かなければいいわけだが、巷の「芸術ダンス」は「芸術」であろうとするために、脚の上げ下げの角度やラインの正確さに固執するので、結局普通の歩行と同じ、いやそれ以上に「楽しくない」ことになってしまう。また、ある年月ダンスを修得していくと、腕の上げ下ろし一つでさえ無意識にキレイなラインを描いてしまうものらしい。ならば、「左手を使うことでリアルとしてコドモの絵を描く」的な工夫を考えればよい。なんなら手足を縛ってみたりして。あ、大リーグボール養成ギブスとか(続く)
桜井 圭介 keisuke sakurai
>> 作曲家・ダンス批評家。
著書『西麻布ダンス教室』『ダンシング・オールナイト』
http://www.t3.rim.or.jp/~sakurah/
この夏、DANCE BOX企画 身体表現講座「夏塾」の講師を務める。
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